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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3027号 判決

原告 株式会社東京殖産破産管財人 亀甲源蔵

被告 細江尚行 外五名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告細江、同大川、同飯倉、同中里、同津田は原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和三一年五月六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。被告神戸銀行は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三一年五月六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、株式会社東京殖産は貸金業、動産不動産売買の斡旋に関する業務等を営むことを目的として昭和二七年二月一四日設立された一株の金額五〇〇円、発行済株式数二、〇〇〇株の株式会社であるが昭和三〇年一二月一三日午前一〇時東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。

二、而して被告細江尚行、同大川一男、同津田三郎、同飯倉武、同中里久馬、訴外清野洋及び同菊間幸男の七名は右会社の発起人であつて、右会社の設立に際し昭和二七年一月三一日被告細江は一、〇〇〇株、被告大川は五〇〇株、被告津田は一〇〇株、被告飯倉、同中里、右訴外清野及び同菊間は各五〇株を引受け、他に一般募集により同年二月八日訴外篠塚政雄、同篠森尚平が各五〇株、訴外佐古田政太郎が一〇〇株を引受けたが、右会社成立後も右株式の払込はなされていない。

よつて、商法第一九二条第二項により発起人である被告細江、同大川、同津田、同飯倉、同中里に対し連帯して一株の金額五〇〇円の割合による払込未済の二、〇〇〇株の株式金額合計金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三一年五月六日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、(1)  被告神戸銀行は、右会社の設立に際し、株式払込取扱銀行として昭和二七年二月八日破産会社の発起人総代堀江尚行に対し金一〇〇万円の株式払込金を保管している旨の保管証明書を発行交付した。しかし、前記のとおり払込はなかつたのであるけれども、商法第一八九条第二項により被告銀行は払込のなかつたことを以て会社に対抗し得ないところ、会社はその返還を受けていないので、原告は被告神戸銀行に対し右保管証明にかゝる金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三一年五月八日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  仮りに被告銀行に右保管金返還義務がないとしても、同銀行は株式会社東京殖産の株式払込取扱銀行として善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理すべき義務があるにも拘らず、右注意義務を怠つて株金の払込がないのに前記の如く株式払込金保管証明書を発行交付した為、これによつて株式会社東京殖産が設立せられ、因つて株式会社東京殖産において平塚千二外約八〇〇名に合計約二、〇〇〇万円の債務を負担し、一記載のように破産宣告をうけるに至つたが、もし、被告神戸銀行に前記債務不履行がなかつたならばこの損害は生じなかつた筈であるから、原告は被告神戸銀行に対し、右損害額の内、金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三一年五月八日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及ぶと述べ、

被告神戸銀行の抗弁事実中株式会社東京殖産が昭和二七年二月八日創立総会を終結し、同日東京法務局日本橋出張所に設立登記申請をしたことは認めるけれども、被告銀行が保管金の返還をしたことは否認する。仮りに被告銀行が昭和二七年二月九日発起人総代細江尚行に保管金を返還したとしても、右返還は株式会社東京殖産の設立登記前になされたものであるから無効であると述べ、

立証として、甲第一、二号証、第三号証の一乃至四、第四号証を提出し、証人苫米地勇三、川上吉郎の各証言及び被告本人細江尚行尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第七号証を援用すると述べた。

被告細江、同大川、同飯倉、同中里等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実中

一の事実は認める。

二の事実は株式の払込がないとの点を除きこれを認める。右引受株式については昭和二七年二月八日株金全額の払込がなされたから、被告等に原告主張の如き責任はないと述べ、

立証として、証人牛島公の証言及び被告本人細江尚行尋問の結果を援用し、甲第四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

被告津田三郎は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実中

一の事実中株式会社東京殖産が破産宣告されたことは不知、その余の事実は認める。

二の事実中原告主張の七名が株式会社東京殖産の発起人であることは認めるが、その余の事実は不知と述べ、甲第四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

被告神戸銀行訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実中

一の事実は認める。

二の事実は株式の払込がないとの点を除きこれを認める。

三(1)の事実は認めるけれども、被告神戸銀行は、昭和二七年二月九日株式会社東京殖産の発起人総代であり且つ創立総会において取締役に選任された細江尚行に対し前記保管証明にかゝる保管金一〇〇万円を支払つたから被告神戸銀行の保管金返還債務は消滅した。

もつとも、右の支払をしたのは株式会社東京殖産の成立前のことに属するけれども、右会社は同年同月八日創立総会を終結しこの総会において選任された取締役等が東京法務局日本橋出張所に設立登記の申請をして即日これが受付けられていたのであつて、いやしくも、創立総会が終結した後は発起人又は創立総会で選任された取締役は払込を取扱う銀行又は信託会社より株式払込金の払戻を受ける権利を有し、払込を取扱う銀行又は信託会社は発起人又は取締役の請求により払込金を支払うべき義務があるので会社の成立前の支払であるからといつて支払の効力に消長を及ぼすべき限りではない。

三(2)の事実中株式会社東京殖産が平塚千二外約八〇〇名に合計約二、〇〇〇万円の債務を負担したことは不知、払込がないにも拘らず被告銀行が保管証明書を発行したことは否認する。被告銀行は昭和二七年二月八日原告主張の株式引受人より現金を以て株式総額金一〇〇万円の払込をうけたので発起人総代細江尚行の請求により前記株式払込金保管証明書を発行交付したのであつて何ら注意義務を怠つた事実はないのみならず、右証明書の交付と株式会社東京殖産が原告主張の如き債務を負担したことゝの間には何らの因果関係もないから原告の被告銀行に対する損害賠償の請求は失当であると述べ、

立証として乙第一乃至第四号証、第五第六号証の各一、二、第七号証を提出し、証人小路川小夜の証言及び被告本人細江尚行尋問の結果を援用し、甲第一、第二号証の成立を認める、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

株式会社東京殖産が昭和二七年二月一四日設立された貸金業、動産及び不動産売買の斡旋に関する業務等を目的とし、一株の金額五〇〇円、発行済株式の数二、〇〇〇株の株式会社であること、被告細江尚行、同大川一男、同津田三郎、同飯倉武、同中里久馬、訴外清野洋及び同菊間幸男の七名が右会社の発起人であつたことは当事者間に争がなく、右会社の設立に際し昭和二七年一月三一日被告細江が一、〇〇〇株、被告大川が五〇〇株、被告津田が一〇〇株、被告飯倉、同中里、右訴外清野及び同菊間が各五〇株を引受けた外一般募集により同年二月八日訴外篠塚政雄、篠森尚平が各五〇株、訴外佐古田政太郎が一〇〇株を引受けたこと及び株式会社東京殖産が原告主張の日時東京地方裁判所において破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたことは原告と被告津田を除くその余の被告等との間においては争がなく、原告と被告津田との間においては記録編綴の破産決定謄本及び弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。

よつて、右引受株式について払込があつたかどうかについて判断すると、いずれも成立に争がない乙第一乃至第三号証、第五号証の一、二、証人小路川小夜の証言及び被告本人細江尚行尋問の結果を綜合すれば、株式会社東京殖産の設立に際し、発起人総代であつた細江尚行は昭和二七年二月八日被告神戸銀行に株式申込証拠金及び払込金の受入事務の委託をなした上、同日被告神戸銀行に対し他の株式引受人の分をも立替えて引受株式二、〇〇〇株の株式全額金一〇〇万円の払込をなしたことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

尤も、原告と被告神戸銀行を除くその余の被告等との間においては成立に争がなく、原告と被告神戸銀行との間においては被告本人細江尚行尋問の結果によつて成立を認めうる甲第三号証の一乃至四、被告本人細江尚行尋問の結果によれば、右払込金に充当した金員のうち、細江において出捐したのは僅か数万円にすぎず、残額は細江が他の金融業者から借入れたもので、設立手続を完了した後帳簿上は昭和二七年二月一〇日「新橋事務所権利金」として金二七万円、同月一七日「神田事務所権利金仮払」として金六五万円を支払つた如く記載して右金額を細江が借入先の金融業者に返済した事実が認められるから、右払込金は設立手続を完了する為一時細江が他から融通をうけ、設立手続完了の後払込金を以て借財の返済に充てる所謂「見せ金」であることが明かであるけれども、発起人又は取締役が払込金を個人的借財の支払いに充てたことにより或は刑罰をうけ或は損害賠償の責任を負うは格別、所謂「見せ金」であつても株式の払込がないとはいえないから、株式会社東京殖産成立の後も前記引受株式について払込がなされていないことを前提とする原告の被告細江、同大川、同飯倉、同中里、同津田等に対する本訴請求は理由がないといはなければならない。

次に被告神戸銀行が昭和二七年二月八日株式会社東京殖産の株式払込取扱銀行として発起人総代細江尚行に対し金一〇〇万円の株式払込金保管証明書を発行交付したことは原告と被告銀行との間に争がない。

被告銀行は昭和二七年二月九日破産会社の発起人総代細江尚行に保管金を返還したと抗弁し、成立に争のない乙第七号証証人小路川小夜の証言により右事実を認められるところ、原告は返還が設立登記前のことに属するので会社に対する弁済の効力はないと抗争する。そこで、払込取扱銀行は保管証明にかかる保管金を会社の成立する迄保管すべきものであるかどうかにつき考察するに、創立総会は引受株式につき払込の有無を調査確認するのであるから、その手続の完了する創立総会の終結までは確認当時の実体と確認との間にそごなからしめる為に払込取扱銀行は保管金を返還すべきものではないが、その後は設立中の会社の執行機関である発起人において、保管金の返還をうけうるものと解するのを相当とする。本件において破産会社が昭和二七年二月八日創立総会を終結し、同日東京法務局日本橋出張所に設立登記の申請をなしたことは原告及び被告銀行間に争がなく、乙第五号証の一、二、いずれも成立に争がない乙第四号証、第六号証の一、二、第七号証、証人小路川小夜の証言及び被告本人細江尚行尋問の結果によれば、被告神戸銀行は、昭和二七年二月九日、細江から株式会社東京殖産の設立登記申請が昭和二七年二月八日東京法務局日本橋出張所第一〇六八号を以て受付けられた旨の証明書を提出して前記保管証明にかかる保管金の返還を請求されたので、前記のとおり同日発起人総代細江尚行に対し右保管金を返還したことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はないから、右返還は有効であり、これにより被告神戸銀行の保管金返還債務は消滅したものというべきである。従つて原告の被告神戸銀行に対する保管証明にかかる保管金の返還を求める請求は理由がない。

次に被告神戸銀行に対する損害賠償の請求について判断すると、被告神戸銀行に対し引受株式全額金一〇〇万円の払込がなされたことは前に認定したとおりであつて、被告神戸銀行に何ら原告主張の如き債務不履行の事実はないから、爾余の点について判断するまでもなく、原告の被告神戸銀行に対する損害賠償の請求も理由がない。

以上のとおりであつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 坂井芳雄 伊藤和男)

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